アニメージュ1995年12月号(徳間書店)

追悼特集 声優・富山敬が残したもの


「最近どうも目の調子が悪いんだよ」

富山さんが不調を訴えたのは8月21日のことであった。
「休んだらみんなに迷惑がかかるから」と、常に周りに気を遣い検査に行くことをためらっていた富山さんも、この時ばかりは自ら病院へと足を運んだ。
それから約一ヶ月後、彼はついに帰らぬ人となったのである。

9月30日、東京中野区で行われた告別式には、富山さんの早すぎる死を悼む声優仲間や大勢のファンら約1,300人が出席。
富山敬さんゆかりの曲が次々流れる中、偉大なる声優に別れを告げた。

富山さんは、仕事の現場でも私生活においても寡黙かつ控えめで、ことに周囲に対する気遣いは天下一品であったという。
大学時代の先輩でもあり、友人として、また同じ声優として富山さんと苦楽を共にしてきた、たてかべ和也さん(ぷろだくしょんバオバブ常務取締役)は述懐する。

「とにかく優しい男でしたね。一緒に釣りに行ったときなんか、彼は釣り好きなのに自分では全然釣らないで、釣りの下手な僕のエサばっかり付けてくれるんですよ・・・・」

一方、声優としての富山さんは、どんな役をやってもはまる、すぐに役をつかむ天才的な役者だった。
「声優という職業を世に知らしめた功労者でした。時代が、そして声の世界が彼を欲していたんだと思います」(たてかべ氏)
また、名声優・富山敬は、パントマイムの名手でもあったという。

限られたページ数で彼の偉大な業績を振り返るのは不可能に近い。だが寡黙な男・富山敬に習い、言葉少ない中から、彼が何を我々に残していってくれたのかを感じ取って欲しい。



記事中には数枚の写真があります。
一つは、"1992年2月、OVA『銀河英雄伝説』54話でラインハルト役の堀川亮さんと、作中最初で最後の対話シーンを共演"、と書かれている富山さんと堀川さん二人の笑顔の写真。
もう一つ、"1995年8月17日、SFC版『ちびまる子ちゃん』のアフレコ時。(8月18日収録のTV版38話が、富山さんの最後の仕事となった"、と書かれているアフレコ風景の写真。

92年当時の写真は私たちが見慣れているお顔ですが・・・95年の富山さんは驚くほど痩せて、頬もこけていらっしゃいます。
もともと線の細い方でしたが、亡くなる一ヶ月前のお顔を目にしたときは・・・・もう言葉もありませんでした。



◆笑顔で去っていった敬さん    野沢雅子◆
『タイガーマスク』健太役、『ガンバの冒険』ガンバ役などで共演

敬さんとはずいぶんいろんな作品で共演しましたが、一番印象に残っているのはやっぱり、『ガンバの冒険』のガクシャ役ですね。
もちろん二枚目役も素晴らしかったんですが、ガクシャのような役にこそ、敬さんの持ち味がよく出ていたと思うんです。
彼の芝居の魅力は、いい意味での"軽さ"にあったんじゃないかな。

あの頃はよく、ガンバの仲間で食事をしたり飲みに行ったりしてましたね。
そんなとき敬さんはタバコをくゆらせながら人の話をニコニコして聞いている、いつどんなときでも穏やかな人でした。

3年くらい前から疲れてるのか体調が悪そうだなぁって思ってたんですが、最後までプロの役者として頑張ろうって覚悟を決めてたんでしょう、消して弱音を吐いたりはしませんでした。
敬さんと最後に交わした言葉は、
「身体に気を付けてね」
だったんですが、彼はただニッコリ笑うだけでした。
最期は敬さんらしい亡くなり方でしたね。まるで古代進のように一人で静かに旅立っていったんですから。
でも、あまりに早すぎる旅立ちでした。

今頃は天国でいろんな仲間と、地上ではできない夢の共演をしていると思います。
もう病気もしないだろうし、ずっと平穏な旅を続けていってくれることを祈っています。


◆朝まで介抱してくれた富ちゃん    青野武◆
『宇宙戦艦ヤマト』真田志郎役などで共演

僕にとって富山敬といえば、やはり『宇宙戦艦ヤマト』の古代進ですね。
あの声のソフトさと温かみ、そして独特の声のトーンが古代進というキャラクターにぴったりでした。

当時はいつも仕事が終わったあと一緒に飲みに行ってたんですが、富ちゃんはどんなに深酒してもビシッとしてるんです。
ある番僕が他の客と喧嘩になっちゃったときなんか、怪我した僕を自分の家まで連れてってくれて朝まで介抱してくれた、なんてこともありました。

今回彼の後を継いで、『ちびまる子ちゃん』の友蔵じいさん役をやらせて頂いているわけですが、作品自体とても素晴らしいですし、やはりプレッシャーを感じないといったら嘘になります。
この役が決まったときは、非常に複雑な心境でしたが、今はとにかく富山敬の名を汚さないように頑張ろうと思っています。

彼は声優というよりも、まず俳優であり役者でした。
若い声優さん達も、地道な努力を積み重ねて少しずつ味のある俳優になっていった彼の姿から、何かを学んでくれることを祈っています。

富ちゃんには
「向こうにもいい仲間がいっぱい行ってるから、そちらでいいお芝居をやって下さい」
と言ってあげたいですね。


◆もっとワガママ言って欲しかった    小原乃梨子◆
『タイムボカンシリーズ』ムージョ、ドロンジョ役などで共演

初めて出会ったのは、まだ吹き替えが始まった初期の頃。
当時から、どんなときでも文句一つ言わずにニコニコしてましたね。
万事控えめな人で、『ヤマト』が一世を風靡した頃、イベント会場の隅ですごく照れくさそうな顔をしてたのが印象に残ってます。
とにかく、どんなに人気者になっても全く変わらない人でした。

毎年、事務所のお正月のパーティーで、社内人気投票をしているんですが、いつも敬さんが1位。
あんなに愛されて、慕われた人はあまりいないんじゃないでしょうか。
敬さんって周りの人間にすごく気を遣うんです。
どんなに疲れていても「みんなに迷惑がかかるから」なんて言って・・・・。
もっとワガママ言っても良かったのに。

私たち「天才敬ちゃん」なんて呼んでたんですが、とにかくどんな役でもこなせる役者さんでした。
きっといろんな部分を自分の中に持ってて、普段自分を出さない代わりに全て芝居の中で表現してたんでしょうね。
本当に吹き替えのために生まれてきたような人でした。

心残りなのは、先日の「吹き替え40年パーティー」に、一緒に出られなかったこと。
でも今は「もう何も気を遣わないで、ゆっくり休んで下さいね」って言ってあげたい。


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